日本における外食産業の歴史「パート3」

日本における外食産業の歴史「パート3」

江戸時代の中期は戦争も無く平穏な時代が続き経済の面でも好調な時代でしたので、歌麿や北斎の様な絵士が現れ、能、狂言、歌舞伎などの新しい文化も出現する華やかな時代でした。

 

 

 

この様な江戸時代の中期以後は、「居留守茶屋」という料理屋が出現しますが、これが現在の高級料亭の起源であると言われています。

 

この時代から会席料理が高級料理として身分の高い人たちの接待用の食事形態として形作られて行きました。

 

この様な高級料亭だけでなく、蕎麦屋や煮売屋が蕎麦や総菜と提供する店として庶民に愛されていました。

 

この「煮売屋」が現在でいうところの「居酒屋」の原型ではないかと推測されています。

 

 

 

室町時代から江戸時代にかけての飲食業について説明してきましたが、260年も続いた江戸時代の鎖国はペリーの黒船によって一挙に終焉を迎えて、日本国は一挙に世界に向けて解放され文明開化の明治維新を迎えます。

 

明治時代になってヨーロッパンからも米国からも数多くの要人たちが日本を訪れて、それまでに日本人が眼にした事のなかった新しい技術や文化がもたらせられました。

 

横浜や神戸などの港町には外国人をもてなす迎賓館やホテルなどが次々と建設されて、本なのフレンチやイギリスからのシェフも来日します。

 

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維新後の明治時代から大正ロマンの時代には、日本は海外の新しい文化を吸収するために海外から方人々からも多くを学びましたし、欧米に留学や遊学する人々が増えてゆきました。

 

この時代に日本に確立されたレストランではフレンチが中心でしたが、高級なものでしたので一部のエリートだけが食する出来るものでした。→次章へ続く